アンコール遺跡群33

カンボジアの働く子ども達。児童労働について思ったこと。

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アンコール遺跡の遺跡巡りをしていると、どの遺跡にもポストカードなどのお土産を売り歩く「売り子の子ども達」がいる。

ほとんどが小学生くらいの女の子達で、中には3、4歳の女の子まで見かけた。

まだあどけない表情の子ども達が、僕らの顔を見上げながらかなり積極的に、悪い言い方をすればかなりしつこく売り込んでくる。

「Buy something. Buy something.」や「お姉さん!お姉さん!」と、観光客を見て言語を使い分けながら。

普通なら学校へ行っているだろう平日の昼間でも、彼らはプラスチックのかごを首から下げて売り子をしている。

 

この子達のように学校へ行かずに働く児童労働は、カンボジアの抱える大きな問題の一つ。

売り子は児童労働の一部に過ぎず、工場や農場で働く子ども達もいるという。

 

ここまでの文章を読んでどう感じただろう。

また、僕らのように遺跡観光に来ている(来れる)裕福な国に生まれた人達は、こうして必死に売り子をする子ども達を見てどう感じているんだろう。

実際に僕はショックだった。売り子の子どもは一人や二人ではなく、各遺跡に数人から十数人は必ずいる。

そんなに子ども達が働かなければならない程、カンボジアの貧困はひどいものなのかといたたまれない気持ちにもなった。

きっと他の観光客も、可哀想だとか、子どもが働くなんておかしいだとか、不幸な子たちとまで感じる人もいると思う。

 

だが、果たして子ども達が働くことは可哀想なことなのだろうか?彼らは不幸なのだろうか?

僕は遺跡巡りの途中、売り子の子ども達と接したことでそんな疑問が浮かんだ。

 

遺跡巡り一日目にして暑さにやられ、完全に夏バテだったこの日。

あまりの暑さにある遺跡の日陰で休憩していたら、売り子の子ども達が僕らのところへ遊びにやってきた。

アンコール遺跡群33

 

この笑顔を見たら夏バテもぶっ飛ぶ!

カンボジアの子ども達は人見知りって言葉を知らないんじゃないかってくらい人懐っこい。(男の子は照れ屋さん。笑)

この時も休んでいる僕のところへ、「ねぇねぇこれできる〜?(小石で遊ぶゲーム)」と自然にやってきた。

仕事をほっぽり出して無邪気に遊ぶ子ども達と一緒に遊ぶ!彼らにとって、遺跡は仕事場であり遊び場だ!

アンコール遺跡群34

 

遺跡の小石でジャグリングを伝授中(笑)

アンコール遺跡群35

 

この子たちと小一時間遊んで分かった。

無邪気に笑う彼女達から、辛さや不幸さなんて微塵もこれっぽっちもまったく感じない。

濁りのない100億万ドルの超極上の笑顔にこっちまで楽しくなってしまう。

学校へ行かずに働く子ども達が可哀想?不幸?

そんなこと、誰もが必ず学校へ行ける恵まれた国に生まれ育った僕らの勝手な考えだ。

学校へ行けなくたって、働かなきゃいけなくたって、彼女達は他人をも満たす程の笑顔をもっている。

 

彼女達の立場に自分を置いてみれば分かる。

自分の家が貧乏で、自分の収入が家計を大きく左右するとしたら。自分の収入で家族が少しでも楽ができるとしたら。

 生きていく為に働く。単純なことだ。

僕を含めた日本人は、それを学ぶのは20歳を超えてからだろう。

彼女達はこの年齢からそれが分かってるんだ。僕らから見たらあどけない子どもでも、家族を支える彼女達はもう立派な一人の人間なんだ。

僕らがテストで100点をとって親に褒められたいと思うように、商品をたくさん売ったら褒めてもらえる。

僕らが学校へ行って勉強したり、友達と遊ぶように、彼女達は売り子をして、お客がいない時は売り子の友達と遺跡で遊ぶ。

それが彼女達の日常で、彼女達はそれに何の不満も無ければ、それが不幸せなことだとも思っていない。

 

だから、子どもが働くのはおかしいと彼女達が学校へ行けるように、彼女たちの生活を僕らの手で変えようとするのは間違っていると思う。

今のままでも彼女達は満たされているし、無理に僕らの「常識」を押し付けるのは裕福な環境で生まれ育った僕らのエゴだ。

僕らの「常識」が絶対に正しいなんてことは分からない。

 

だからといって学校へ行かなくても(行けなくても)いいと思うわけじゃない。

学校へ行って勉強して、色んなことを知れば夢も広がるし、将来の仕事だって選べるようになる。彼女たちの未来がもっと広がると思うから。

  

ただ、これらは僕が接した売り子の子達に限ることかもしれない。

明らかに重労働かつ危険もある工場や農家で働く子ども達はどうなんだろう。

学校へ行ける子(行かせてもらえる子)と行けない子(行かせてもらえない子)がいるという格差もある。

平日に比べ、週末になると売り子の子ども達の数がどかっと増える。

それは学校に行っていて、休みの日だけ売り子をしたり学校が終わった後に働いている子も多くいるということ。

もちろん家庭の事情によって違いはあるだろうが、学校に通いながら働くことだってできるってことだ。

たとえ無料で通える学校があったとしても、子どもが働けなくなると家族の生活が苦しくなったり、

学校へ通えるある程度の経済状況の家でも、より良い暮らしの為に、子どもを働かせる親だっているだろう。

いくら政府が補助をしても、NGOがいくつ学校を建てようとも、カンボジア全体の経済が底上げされなければこの児童労働の問題は無くならない。

 

そして、児童買春なんてものは絶対悪だ。

カンボジアで買春を行っているのは裕福な国から来た外国人で、その大半がアメリカ人と日本人で占められているという。

少女を安く買えると、わざわざカンボジアまでやってくる人間は、自分が人間以下の存在だと気付かないのだろうか。

買う人間がいなくならならなければ児童買春は無くならない。

こうした児童買春をなくす為には、我々先進国の意識やモラルを変えることが一番の近道だ。

 

ちょうどこんなことを考えていたとき、カンボジア政府が児童労働の根絶に本腰を入れはじめたというニュースを目にした。

カンボジアの経済状況も着実に成長している。

それらのお陰で、年々児童労働をする子ども達は減ってきているようだ。

カンボジアの子ども達が、みんな学校へ行けるようになり、仕事や夢を自由に選び、子ども達から「宿題めんどくせぇ〜」って声が聞こえてくる日も近いかもしれない。

カンボジアがこれから経済大国になりどんなに変わっても、児童労働の子ども達が一人もいない環境になっても、子ども達のこの笑顔だけは変わらないままであってほしい。

 

 

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