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エベレストトレッキング番外編。ヒマラヤ山脈とともに生きる、超人シェルパの人々。

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トレッキングの間、ロッジや茶屋、他のトレッカーのガイドなど、たくさんのシェルパの人に出会った。

 

「シェルパ」というと、エベレストなどの登山ガイドを示す名称として世界的に知られているけど、ヒマラヤ山脈で生活をしている人のほとんどが「シェルパ族」という少数民族の人々。

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元はチベット東部からヒマラヤを越えて移住してきた人々で、高度に強いシェルパの人々は、ヒマラヤの登山が盛んになるずっと昔から、ヒマラヤ山脈を挟んだ交易役として活躍してきた。

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ヒマラヤ山脈の中で今も生活するシェルパの人々は、トレッキングにくる観光客を相手に、ロッジの経営やガイド、ポーターなどといった観光業をメインの産業として生活している。

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といっても、「農業」やシェルパの生活を支える「歩荷」などをしながら生活している人もたくさん居て、トレッキング中はそんな昔ながらの生活をする村々を通りながら、ロッジやすれ違うシェルパの人達と関わり合う毎日だった。

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そんなシェルパの人達は親切で、とても暖か〜い人達が多い。

 

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トレッカーの少ないジリ〜ルクラ間を歩いているとき、同じタイミングで歩いていたドイツ人のおっちゃんと、そのガイドのシェルパのお兄さんがいた。

そのガイドのお兄さんは僕らが雇ったガイドでは無いのに、親切に毎回翌日のコースの説明や、目的地にある良心的なロッジを教えてくれた。

そればかりか、僕らが一度道に迷ったことを話すと、それから別れ道がある度に地面に矢印を残していってくれた。

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高度順応の為に2泊した標高4,200mのDholeのロッジのお母さんは、宿泊客が僕らしかいないのに、たくさんの薪とヤクの糞を使って常に室内を暖めてくれ、僕らがお腹がすいていると知って、ご飯も毎回超特盛にしてくれた。

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標高4,700mのDragnagのロッジの横に流れる小川で、頭を洗おうとしたときに、本当は有料のお湯を「川の水は冷たいから使いなさい!」とバケツにくれたお母さんは、そのあとユミコの髪にクシまで入れてくれた。

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トレッキングをスタートしてからしばらくして、アットホームなロッジを見分ける術を身につけた僕らは、綺麗で立派なロッジよりも、こぢんまりとしていて暖かいお母さんが切り盛りしているロッジを探して泊まり、標高の高い過酷な環境で生活する、強くて暖かいシェルパの母達に甘えては、一日の疲れを心身ともにリフレッシュしてた。

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そんな暖かいシェルパのお母さんは一人でロッジを切り盛りしていることが多く、旦那さんは山岳ガイドをしていることが多かった。

ロッジの壁には、これまでの登頂記録を記した写真が飾られていたり、今も標高7千メートル級の山にガイドとして登っているという人もいた。

ふらっと休憩に立ち寄ったローカル向けの小さな茶屋にも、息子の山岳ガイドライセンスが部屋の一番目立つ場所に飾ってあり、これからエベレストのアタック隊に参加するんだと、茶屋のお母さんが誇らしげに教えてくれた。

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僕らがヒーヒー言いながら歩いてる横を、大きなバックパックを腰のストラップも締めずサラッと背負い、ポケットに手を突っ込んで軽い足取りで追い抜かしていくシェルパのおっちゃん達も、「これからエベレストのガイドするんだよ。今回登頂したら3回目だ。」と誇らしげに言っていた。

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ヒマラヤ山脈には世界最高峰の山がたくさんあり、山岳ガイドのシェルパ達はエベレストだけじゃなく、その他の高峰でも大活躍している。

一般人の僕らにはやっぱり「世界一高い山・エベレスト」が一番ピンとくる。

「エベレスト登頂」なんて、とんでもないすごいことだと思っていたけど、ヒマラヤ山脈をトレッキングをしているとなんだか感覚がおかしくなる。

シェルパの男達からエベレスト登頂したことがあるなんて会話は、トレッキング中何度も聞くし、回数も1回の人もいれば10回なんて人も居た。

標高4,800mのコースから外れた谷底に青い屋根のロッジがあった。

なんでこんな場所に!?という僻地中の僻地でロッジを営むここのオーナーは、なんとエベレスト登頂10回、その他7,000m級の山々を両手じゃ足りないほど登っているベテランガイドだった。

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しまいには僕らと同年代で、エベレストとK2まで登頂したことがあるシェルパの女性ガイドまでいた。

そんな環境に居ると、まるでエベレストが富士山くらい簡単に登れてしまうんじゃないかと錯覚してしまうくらい、シェルパの人達はやっぱりすごかった。

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強く暖かい偉大なシェルパの人々。

山にいる日数が経てば経つほど、彼等にたいする尊敬の気持ちは大きくなった。

 

トレッキングを終えて1週間。

28日間の山生活の反動で、カトマンズの安宿で毎日ダラダ〜ラと過ごしていた時、エベレスト史上最悪の雪崩事故が起こった。

犠牲になった16人全てがシェルパ。

僕らが出会った、これからエベレストのガイドをすると言っていたシェルパの人達は無事だったのか?

思わずこれからエベレストに行くと言っていたシェルパの人達の顔が頭をよぎる。

それと同時に浮き彫りになったシェルパの過酷な労働環境と、登山隊の横暴な実態。

まずは日本のアルピニスト野口健のこの記事を読んでほしい。

 

トレッキング中、僕らもごく少数の登山隊が横暴なことは少し耳にしていた。

経験豊富なシェルパの助言を無視したり、登山隊とシェルパがぶつかり合うことがよくあるといっていた。

欧米人のトレッキンググループが、ガイドのシェルパを冷たく扱っているのも見かけていた。

 

「金と時間さえあれば誰でも登れるエベレスト」

 

ヒマラヤを歩いたトレッカーから聞こえてきた言葉。

エベレストの登頂を、プロの登山家がより難しいコースや無酸素などで競い合って挑戦していた時代はとうの昔に終わり、今では一般の人達が高い入山料とツアー料金を払って登る「商業的」な登山隊がメインだという。

そんな一般人の人達がエベレストへ登れるのはシェルパの人達のお陰だ。

というより、シェルパが居なければ彼等は絶対に登れない。

エベレストのアタック隊に参加するシェルパの人々は、2ヶ月も前からキャンプ設営や荷揚げなどの準備を始めるという。

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英語などの外国語が堪能で、経験も豊富なシェルパは「ガイド」として。

そうでないシェルパは、危険な登山道を何度も往復して荷揚げをする命懸けの体力仕事。

そうしてシェルパ達が身を削って準備を整えたころに「ゲスト」としてやってくるエベレスト登頂を目指す外国人たち。

彼等にとってエベレストに登るチャンスは、人生でそう何度もないだろう。

高いお金だってつぎ込み、彼等なりにこれまで準備してきた。世界一の山に登れば、一生の栄誉だ。

ツアー会社は少しでも登頂率を上げたいに違いない。

「エベレストの頂上から垂直降下!生中継!」

たくさんの会社と人を巻き込んで、でっかいイベントをやろうとしていた人達なんて絶対に成し遂げなきゃならない。

そんな人達が、自分たちの自己中心な欲求を遂行する為に、経験豊富なシェルパの助言を無視し、これまで命懸けで彼等の為に準備をしてきたシェルパを、まるで使い捨ての奴隷のように扱っていたという実態。

 

「世界一高い山エベレスト」

僕らにとって、そこに登ることがどんなにすごいことだと思っていたか。

シェルパとともに何週間もかけて、一緒に荷物を背負ってカトマンズから歩いていたかつての冒険家達の時代は終わり、今はただ欲望と金の匂いに包まれている。

そんな匂いがたちこめていたら、ロマンもへったくれもなくなってしまう。

山を愛し、それぞれの信念を抱いた一部の人達を除いて、それ以外の人達は山やシェルパの人達にどれだけ敬意を払っているのだろうか。

長い間、ヒマラヤ山脈とともに生きてきたシェルパの人達の気持ちを考えると、いたたまれない気持ちになる。

僕は登山家でも何でも無いけど、ヒマラヤ山脈を歩き、その景色に感動し、たくさんの暖かいシェルパに出会った。

そんな僕には、ゴミで山をけがす連中と、欲望で山をけがす連中が、残念で格好悪くて仕方が無い。

 

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